マーケティングという感覚が見えなくするもの
27才まで、柳田國男が記録した山人と、エイモスチュツォーラの描いたブッシュをどうやって引き合わせようか、本当にそんなことばっかり考えて生きてきた。マーケティングも何もあったもんじゃない。
日本にいる山人とナイジェリアにいるブッシュが出会えたら、それはとても素敵なことだと本当に思っていた。もちろん今も素敵なことだと思っている。
何が言いたいのかというと、人に必要とされないものをずっと考えつづけ、追いかけている人はおり、そしてそういった人間は自分を含めてバカではない。断言する。バカだと思われがちだけれど、バカではない。
人に必要とされなくったっていいって、開き直るのではなくて、自分が大切だと知っている、ただそこにある「価値」を、知らせる努力が必要なだけなのだ。
今は山人とブッシュのことを考えることはなくなったけれど、彼らがまだどこかにいて、そしてそれが尊いものだということを、少なくとも私は知っている。
マーケティングを批判したいわけじゃない。ただ、隠れて見えないものもたくさんある、その事実を知らせたいだけなのだ。